「今日はあったかいなー…」
んんーっ!と、女は伸びをする。
火鉢を使わないほど、今日は暖かい。
まるで昨日の寒さが嘘みたいで、そして耳をすませば雪解けの音が聞こえそうなくらい静かな日だ。
そんな日に、達海は「ここ」へ帰ってきた。
呼び戻されたと言った方が正しいかもしれないが。
もう一度、達海は伸びをする。
しながら、数ある部屋の中でも一番端にあって、なぜか最近は誰も使いたがらないというこの部屋に疑問を抱く。
「こーんなにいいとこなのにね」
日当たりはよく、風通りがいい。
その証拠に、暖かいし、その証拠に、暖かいし、桐しかないはずのここに他の花のかおりが漂っている。
正式に仕事を受けるのは明日から。
だけどこの仕事をやるためにはまず、やらなければいけないことがある。
ひとつを残してここに来る前に終わらせてしまった。
「さぁて」
実際に会うのが楽しみだよと、達海は左手に持った紙の束を柔らかく叩く。
その紙一枚一枚には名前や勤め先など、事細かに書かれていた。
達海はそれをゆっくりめくりながら、一人一人の名前を確かめるように呟いていく。
「で…椿大介」
「はいっ!」
「あ?」
人も寄りつかぬ離れ部屋のはずなのに、返事が聞こえた。
聞き間違いではなく、はっきり。
それは高い垣根の向こうから。
「あ…あれ…うーん…聞き間違いか…」
「聞き間違いじゃないよー」
「うわぁっ!?」
なんともおもしろいことに、「椿大介」を呼び止めてしまったらしい。
その反応が資料にあったそのままで、達海は思わず笑ってしまった。
と同時に、年若い青年へのちょっとした悪戯を思いついて、女らしからぬあくどい笑みを浮かべる。
「椿大介くーん」
「は、はい!あの、なにかご用ですか…?」
「俺、今すんごい暇でさーちょっと遊びにきてよ」
「えええ!?」
顔も見たことがない、様子が全く見えない相手なのに、椿のあたふたする様子が簡単にわかってしまって達海は慎みもせず大笑いする。
からかったのに本気で考えこんでいる、なんと純なこと!
正式に女官の部屋に入って話すにはそれなりに手順を踏んで、几帳を隔てて、お互いの顔を見れないようにしなければならない。
だから普通に遊びにおいでと言ったって無理な話なのだ、この宮に住む頭の堅い人間は。
だから冗談として受け取る。
「あ、あの!」
「んー?」
「そちらに、誰か他の人はいませんか!?」
「え、いないけど…」
なんでそんなこと聞くのと言おうとしたら、空からなにかが降ってきて、それはそれは鮮やかに地面に降り立った。
その名前のように地に降りる瞬を魅せて。
「あの、きました、けど」
御帳越しなどではなく真っ正面から見る椿大介は、どこか芯の強そうな目をしていた。
いやだからってそれは、あの高い垣根を飛び越えてくることには繋がらないけども!
とりあえず、資料にあった通り、並外れた身体能力らしいのはよくわかった。
「あ、あああ」
「ん?どしたの」
「ききき几帳なしで女性と」
「いーよいーよ気にしなくて、めんどくさいし、第一に俺、オバサンだし」
間違いもなにも起こらんでしょ、と達海が言うと椿は声をあげて驚いた。
今驚くところあったか?と達海は首を傾げる。
対して椿は顔を赤くしたり青くしたり、まさに百面相をしていた。
なんておもしろい!
そう思った矢先、垣根の向こうから椿を呼ぶ声がする。
どうやら椿の先輩らしい。
「あ…俺戻らないと」
「ごめんなー来させちゃって」
「そんなことないっす!俺がもっと考えて行動してれば…」
たちまち椿はしょんぼりしてしまう。
さすがの達海でも、少し罪悪感がわいてくる。
「いいって、俺が悪かったんだからさ」
「う…」
「な、だからあっちに帰れ」
「はい…」
輪をかけてしょんぼりして背中を向けてさろうとする椿に、なぜだろう、言葉をかけたくなった。
「多分、明日くらいにまた会うと思うからよろしく」
「え」
それってどういうことですかと目でこちらに問い掛けながら、垣根の向こうに椿は消えていった。
「あ、柑子」
その残り香は花を冠した名前に反して、果物のさっぱりとしたものだった。
なんとも季節外れ、柑子は秋になるものだろうと達海は思う。
「…悪くない」
明日また会うのが楽しみだなと思いながら、達海はまた資料をめくる作業を始めた。
桐の庭
そして季節は、春の終わりを迎えはじめる。
1月2月3月が春・4月5月6月が夏・7月8月9月が秋・10月11月12月が冬という感じに。
陰暦ですな。
おとなふ(音なふ)は訪れること。
みかんの季節は秋になるらしい。
ない古典の知識振り絞ったけどこのざまだよ!
おかしなとこあったらいつでも教えてください待ってます、はーと。