追いかけられている。
「待てえええええええええ!!!」
しつこく、それはもうしつこく。
ついてないと赤崎は思う。
追いかけられるだけならまだましだ。
よりにもよって書類仕事ばかりで帯刀していない日に大内裏の外へ出た瞬間に。
しかも逃げた場所全て人気がなく、というのも残業していたものだから時間が時間で、助けすら求められない。
大声を出せばなんとかなるかもしれないが、それはなんだか癪に障るのでしていない。
とにもかくにも最悪すぎる。
「ちっ…!」
走って走って、少しは距離を離せたとは思うが、ここで止まってもし追いつかれでもしたら。
そう思うと足は動く。
だが限界は近い。
「あ」
そんなとき、暗闇に慣れた赤崎の目がわずかな明かりを捉える。
位置的には自分の所属する東の女官が努めている桐壺、まだ起きていて灯を持っている人間がそこにいる。
しかし目の前には高い塀。
それを見て、赤崎は先日後輩がこの塀を乗り越え、就任前の典侍に会っていたことを思い出した。
「あいつにできて、俺にできないわけねー」
そう呟いて、塀から距離をとって、助走をつけて…飛ぶ!
見事塀の上にのることができて、そこから桐壺側に降りる。
「っ、た」
高い場所から落ちたから足は痛むものの、なんとか乗り越えることができた。
追いかけてきた人間はきっと自分を見失っただろう、そう思って本当に安心したため息をついた矢先だった。
「…どなた?」
「いっ!?」
目の前には女官。
いくら桐壺の女官が同じ派閥とはいえ、会ったことがあっても几帳越しという程度である。
不審がられるのは間違いないし、だいたいここは正式な許可がなければ入れない場所で。
いくら焦っていたとはいえ、一時的に人がいるところに隠れよう、ついでに助けもなんて考えた自分が甘かった。
「どこだああああ!!!出てこいいいいいい!!!!!」
「っ」
反対側の塀の向こうにいる。
女官がここに赤崎がいると知れることを、聞こえるような声の大きさで発言するとばれる。
頼むから少しだけ静かに。
そう言おうとした赤崎の唇を、その女官が先に指で押さえた。
「!?」
「しー」
静かにという女官の仕草に赤崎は言葉を飲み込む。
それを見た女官はうんうんと頷くと、おもむろに地面の石を拾う。
そして塀の向こう側の、赤崎たちがいる場所から遠く離れた場所をねらうようにおもいっきりそれを投げた。
遠くで地面に落ちた石の音がして、赤崎を追っていた人間はそっちか!と叫んで走り去っていった。
「危のうございましたねぇ」
「ど、どうも…っす…」
灯りの元で照らされた赤崎を助けた女官は、赤崎より年上らしい女だった。
やけに追われた人間を助けるのに慣れていたが、年齢のことを考えればなんら違和感がない。
「失礼ながら、どちらさまでございましょ?」
「右近衛少将の赤崎で、」
最後まで言おうとしたら、目の前の女官が身体を震わせ笑い始めた。
「あの?」
「ちょっと、こちらへ」
「え」
ぐいぐい引っ張られながら近づいていくのは桐壺の局のひとつ。
そこにも薄明かりが灯っていた。
まさかこの女官、そう思ったときにはもう局の中に放り込まれていて。
ただただその女官が女らしからぬ「ぎゃはー!」と大爆笑するのを見ていた。
「おまっ、お前傑作!マジ傑作すぎ!やっべぎゃははははは!!!!」
さすがの赤崎でもついていけず、つっこみきれず、意味がわからんこの女と思ってしまう始末だった。
そういえば笑いもあれだが、言葉づかいもかなり悪くなっているような。
「あ、安心しなよ、俺ちゃんと東だから」
「はぁ・・・」
「多分初めましてだよな、俺、丹波っていうんだーよろしくー」
「あ、はい」
「はーしかしおもしろい、おもしろいぞ赤崎ー」
これは次のネタがきたわと丹波。
初対面の赤崎を部屋に入れているにもかかわらず、几帳も用意せずに紙に何かを書きつけている。
なにがなんだかさっぱりわからない赤崎が首を傾げると、丹波が紙の束を渡してくる。
ざっと目で追うと、それには少し赤崎が知っている内容が書かれていた。
「…これもしかして、今、女の間で流行ってる物語ですか」
「おっ知ってるんだ」
「まぁ」
女の間で人気だというその本。
なんでも人である先輩方男たちをほったらかして、女達ははその本を読みふけっているという。
「写本ですか、こんな遅くまで」
「ばっかお前、俺が作者だよ」
「は」
世間は狭いと言うが、こんな身近に噂の物語の作者が。
赤崎がさすがに驚いている間に女は紙にいくつかなにかを書き足して、赤崎を見る。
「それ原本だから汚すなよ」
「だったら渡さなきゃいいでしょ」
「おー噂どおりのふてぶてしさだねぇ」
とんだこまっしゃくれだと楽しげに丹波は笑う。
そんな丹波に少しむっとしながら、噂の物語の原本を突きかえす。
そうすると丹波は赤崎をじっと見つめて、んーと唸りはじめた。
「あの?」
「なぁ赤崎」
「はい」
「次新しい登場人物出すとき、お前モデルにしていい?」
「は」
「頼む!」
このとーり!と拝まれる。
自分が小説の登場人物。
「あ、主要登場人物なんだけど」
「…しょうがないっすね」
末端の役なら断っていたところだが、主要ともあれば断ることもない。
悪い気はしない。
「うわーありがとーお前いい奴だなー」
「はっ、喜びすぎ」
「嬉しいに決まってるだろ」
丹波の笑顔が真剣なものに変わって、赤崎は一瞬たじろぐ。
「こちとら期待に答えなきゃ紙もらえないんだよ。で、いいもん書くにはいい題材が必要だから一生懸命頼むにきまってるだろ」
「…っすか」
「まったく、これだから男は。物語に対する造詣がないからなーほんと」
「んなっ」
はっきりと丹波が馬鹿にしてきた。
そう言われたら悔しくなってくる。
「男だって物語のひとつやふたつ!」
「ほほう、言ったな?」
にやりと丹波が笑う。
なんだか嫌な予感が赤崎の身体をよぎる。
「じゃあそんな赤崎くん、ひとつやふたつ書いて俺に見せてくれよ」
「な、なんでそうなるんすか!」
「だってお前そう言ったじゃない、それに俺、最近ネタ不足で困ってるし。釣られたお前が悪いよ」
ばーか、と丹波はそれはそれは楽しそうに笑いながら言ってくるんものだから、なんだか赤崎は怒る気が失せて苦笑した。
薄明かり、逃げた先に
その次の日から赤崎の元に、丹波から文が届くようになる。
赤崎ならきっと後ろから刺されかねんことになってくれる可能性がということでこのネタ。
内裏なんて絶対夜でも警護はいると思うんだけど、まぁこの日はいなかったということで。
桐壺は帝の御所から一番遠い場所にあったから、こういうのもありかなと。
ちなみにこの小説内ではちょっと設定が超次元なことになっていますが、そこはファンタジー二次小説として受け取ってください。