「赤崎ー手紙きてるぞー」
「あ、そこらへんに置いといてください」
「お前ってやつはー」
先輩に対しても手紙に対してもいろいろ対応が悪いぞーと世良に言われながら赤崎は書類を仕上げにかかった。
あんまりにもその手紙に反応を示してしまったら、いろいろまずいから反応しなかっただけだと心の中で愚痴りつつ、最後の一筆を入れて、書類を村越まで持っていって、ようやく手紙を手に取る。
「さて」
開いた手紙にはただ短く、いとせめて恋しき時はむば玉の、とだけ書かれていて、赤崎は頭を抱える。
あの事件から定期的に届く手紙。
物語の一つや二つと言ってしまった赤崎にそれなら見せてみろと言った丹波からのもので、毎回古今集などから丹波が選んだ上の句だけを書いてよこしてくる。
それに赤崎が下の句をつけて、歌から想像できる本当に短い物語、というか起承転結が少し長くなったものを書いて返すというものだが。
「あー…」
あぁは言ったものの、歌が苦手だ。
学問の才には恵まれた方だとは思っているが、どうも文学の才にはあまり恵まれなかったようで、いつも最初から苦労する。
「ザキさん?うなったりなんかして、体調でも悪いんですか?」
「椿か」
ちょうどよかったと声をかけたらきょとんとされたが、ちらりと手紙を見せると状況をうまく把握したようで、小さな声で話しかけてきた。
「夜の衣をかへしてぞ着る、ですよ」
「いつも悪いな」
「いえ」
文学の才が実は秀でている椿に助けてもらって、ようやく赤崎は丹波への手紙を返す第一段階を踏むことが出来ている。
ほんと、いい後輩に恵まれて助かった、言わないけど。
それにしても、と少し考えて、もう一度文面を椿に見せる。
「夜の衣を裏返しにして寝るって意味がわかんねー」
「ええっ」
歌の解釈がわからないとつぶやいたら、椿が信じられないといった顔でこちらを見てくる。
なんだその顔は。
「寝巻きや、その袖を裏返しにして寝たら、好きな人を夢にみるって有名なおまじないなんすけど…」
「知らねぇ」
「ええー!」
逆にお前なんでそんなの知ってんだよと聞いたら歌の常識です!と返されたから、さすがに言い返せなくなる。
「所詮はまじないだろ、ほんとに見れるわけ、」
「みっ、見れました!」
「え」
「あっ」
言ってしまった。
そんな表情をして、顔を真赤にした椿は、失礼しゃっす!と言って脱兎の如く去っていった。
「マジ足速ぇー…」
というか、あの椿に好きな女がいるようで。
そのことも手紙に書いて年上のあの女に送ってやろうか、こういう話を聞いたら、ネタがきた!なんて喜びそうだななんて思って筆を取って、降ろした。
「…めんどくせ」
なんか、めんどくさい。
そう思ったら行動は早くて、手紙に一言書く。
めんどくさいから、今晩そっちに行きます。
あの破天荒な女のことだから、多分ギャハー!とかしましく笑いながら赤崎を迎え入れてくれるような気がする。
駄目と言われたり怒られたりしたらそれはそれでいいか。
そんなかなり勝手なことを考えながら、赤崎は仕事に戻ったのだった。
お手紙とおまじない
いとせめて恋しき時はむば玉の 夜の衣をかへしてぞ着る
とっても恋しくてたまらない時は、夜の衣を裏返しにして着る。
小野小町
当時は寝巻きやその袖を裏返して寝ると、恋しい人を夢に見るという伝承があったそうです。