モンテビア山形のロッカールーム。そこで最近、練習後にある光景が広がるようになった。長谷川が小森を五秒ほど、じっと見つめて、なにやら考えこみ始めるのである。
それが一週間ほど続いたものだから、とうとうつっこみが入ることとなった。
「長谷川ーお前なんで最近小森見ては悩んでんの?」
黙っていられないタイプの菅野からのツッコミに、選手達の耳だけが、二人の会話に集中し始めた。手はもちろん着替えのために動き続けている。
「や、なんかさ…」
「?」
「小森の尻って、見てたらなんか思い出しそうなんだよ」
「はあああ!?」
小森が叫ぶ。黙って理由を聞いていれば、まさか尻とくるなんて。予想していなかった。というか、予想できるわけがない。
「おまっ、人のどこ見てんだよ!」
「だからし、」
「言うな、バカ!」
長谷川を、一応加減して殴る。その腕は、ここ一週間尻を観察されていた事実により微妙に鳥肌が立っていた。
「でも確かになんか思い出しそう…」
「おわあああ!」
小森のちょうど尻の後ろに、いつの間にか瀬古がしゃがみ込んでいて、じっと観察していた。
「見るな見るな、見るんじゃねー!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
いつの間にやら、小森の尻を見ながら考えこむ面々に囲まれていた。そんな自分の尻を隠すように、小森は部屋の角に逃げ込む。もちろん、尻を後ろに。
「まだ男!って感じではないよな、若さ故に」
「あー…ちょっとまるっこいからじゃないですかね」
「なるほど形か…」
「これで柔らかさと見た目がよけりゃすごいな」
もういやだ、ケンさん辺り早く帰ってきてくれ。
そんな小森の願いが天に届いたのか、ケンやメンデス、丸岡といった、練習後に佐倉に呼ばれていた面々が帰ってきた。
「小森?なにしてるんだ」
「ケンさん…!」
やっとこれで解放される。
「小森の尻がなにかに似てるなーって話をしてたんスよ」
「菅野てんめえええ」
そんな願いもむなしく、菅野によって話題が再び蒸し返される結果となった。ケンやメンデスはのらないだろうが、間違いなく丸岡が話にのってくるのは目に見えている。
「あぁ、なるほど」
「…?」
ケンがうんうんと頷くものだから、その場にいる全員が疑問符を浮かべる。
「遠目から見るとブラジルのサンバ踊ってる美女の尻と似てるんじゃないか?引き締まっているけど、適度にふっくらしてて」
「ブラジル…」
「サンバ…」
「美女…」
「ボンキュッボンの、ボン…」
ロッカールームに異様な空気が漂う。言葉が通じていないメンデスも、しなくていいのになぜか神妙にしているくらいに。しなくていい。
ブラジルサンバ美女の尻の形とよく似た尻をもう一度見ようと、チームメイト達の視線が小森の下半身に集まる。その視線から逃げるように、小森はさらに部屋の角に張りついた。
「うーん…て、ことは安産型ってことですね」
「え?」
丸岡の発言に、あやしい空気が一瞬で消え去った。と同時に、チームメイトの大半が頬をぷっくりと膨らませて、笑いを堪えはじめる。
「えっ、違います?うちの母さんが、あぁいうお尻は安産型って言ってて…」
「小森の尻は安産型…」
「安産型…」
「たしかに、肝っ玉母ちゃんっぽいの似合うな小森…プッ」
「って、小森!?」
堪えられなくなって、小森はロッカールームから逃げた。はじめてこのチームが嫌になった瞬間の到来である。
「わっ!?」
「っ、とと…なんだ…佐倉さんか…」
会議室から出てきたらしい佐倉と衝動しかけたが、ぎりぎり止まれた。
「なんだとはなん…小森?どうかしたのか?」
「は?」
「いや、目が赤いから泣いているのかと」
「え」
佐倉の言う通り、確かに鼻につんときていた。たかがあんな冗談で、なんでこんなことに。慌てて目を擦る。
「なんでも、ないっす」
「ならいいんだが…無理するなよ、なにかあったら、」
「はいはい」
「こら、最後まで話を聞け!」
慌てて佐倉から逃げたのは、ついうっかり尻が安産型だと、ほぼ全員からからかわれたとこぼしてしまいそうだったからである。やばい、完全に調子が狂ってる。
とりあえず着替えも終わって荷物も持ってきているので、小森は寮に帰ることにした。今はただ、部屋に引きこもりたい。ほとぼりが冷めるまで、一人でいたい。自分の部屋に辿りついて、ベッドに倒れ込む。
「…なんだってんだ」
そのまま、ずるずると気疲れから訪れた眠気に引き込まれていった。